マタドガスで知る漱石とモネが見た空
Weezing
(日本語名:マタドガス)
発音 :ウィーズィン
元の英単語 :wheeze+we
wheeze(ウィーズ)
【名】ゼーゼー
【動】ゼーゼー息を切らす
「ぴかぴか」「ぱらぱら」「ブーブー」みたいな擬態語・擬音語は日本語特有のものなので、英語でそういうニュアンスを出したいなら、学校で習ったのとはちょっと違う単語を使わないといけない。
だから、学校で習う普通の「【動】息をする」はbreathe[ブリーズ]だけど、普通とは違う息の仕方の一つがこのwheeze。「ゼーゼーと」だから、かなり苦しそうなイメージが出せる。ドガースは咳だったけど、進化していよいよヤバくなった感じかな。
こういうのはどうせジェスチャーで伝わるから覚えるモチベーションが湧かない、って思うかもしれないけど、知ってたら確実に英会話レベルがツーランクぐらい上がると思う。ちなみに、息に関する動詞は他にもこんなのがある。
pant[パント] 【動】(ハアハアと)息をする、息を切らす
※走った後とかの。犬がハアハアいうのもこれ。
gasp[ギャスプ] 【動】(はっとして)息をのむ
※びっくりしたときに。
choke[チョウク] 【動】息が詰まる、窒息する
※セーラームーンが着けてる「チョーカー」は、首に巻くおしゃれアイテム。
we(ウィー) 【代】私たち
日本語だとドガースが又別れしてまた増えたからまたドガス。英語の場合は、コンコン咳してcoughingだったのがゼーゼー言いだしてwheezingなんだけど、しんどそうな症状の表現はいろいろある中でwheezeが選ばれたのは、やっぱweの音があるからでしょ!
中1の1学期で習うこの単語が名前から聞こえてくることで、単数だったドガースが複数になったことが、世界中の誰もがイメージできるんだと思う。字面でもはっきりさせるために、wheezeのスペルからhが抜いてある。
それにしても、ガラルマタドガスには驚いたよね…。シルクハットに髭っていう、「英国紳士」のステレオタイプが分かりやすく表現されてて面白い。そして二人の長い帽子のてっぺんからはもくもくと煙があがってて、煙突が立ち並んだかつてのロンドンやマンチェスターの街並みを彷彿とさせる。
イギリスといえば産業革命発祥の地で、それに伴っていろいろな問題は起こったけど、「霧の都・ロンドン」「ロンドンスモッグ」っていう言葉もあるとおり、大気汚染が一番有名。もともと霧が発生しやすい土地柄で大量の排ガスを出したもんだから、とにかく酷かったらしい。実は当時、日本からも一人の文豪が現地を訪れている。それは1900年から2年ほどロンドンに留学していた夏目漱石で、彼は現地での体験を以下のように綴っている。
表へ出ると二間ばかり先は見える。その二間を行き尽くすとまた二間ばかり先が見えて来る。世の中が二間四方に縮まったかと思うと、歩けば歩くほど新しい二間四方が露(あら)われる。その代り今通って来た過去の世界は通るに任せて消えて行く。
(※二間=約4メートル)
ウェストミンスター橋を通るとき、白いものが一二度眼を掠(かす)めて翻がえった。眸(ひとみ)を凝こらして、その行方を見つめていると、封じ込められた大気の裡(うち)に、鴎(かもめ)が夢のように微かに飛んでいた。その時頭の上でビッグベンが厳に十時を打ち出した。仰ぐと空の中でただ音(おん)だけがする。
泥炭(ピート)を溶いて濃く、身の周囲に流したように、黒い色に染められた重たい霧が、目と口と鼻とに逼(せま)って来た。外套は抑えられたかと思うほど湿っている。軽い葛湯を呼吸するばかりに気息(いき)が詰まる。足元は無論穴蔵の底を踏むと同然である。自分はこの重苦しい茶褐色の中に、しばらく茫然と佇立(たたず)んだ。
夏目漱石「永日小品」(1909年)より
「超空気汚いんですけど」をここまでの表現にもってこれるなんて、マジさすがの鬼文才(語彙力)。これは「永日小品」(えいじつしょうひん)というエッセイの中の「霧」という章の一部で、A4 1ページぐらいの短い回顧文なんだけど、全体的に名文すぎて感動したので、こんなにたっぷり引用しちゃいました。
産業革命は18世紀後半から19世紀初頭にかけて起こったから、睡蓮の絵を狂ったように描いてて有名なクロード・モネ(1840-1926)は、まさにこの時代に生きた印象画家。フランス人の彼も1899年から1905年(漱石とだだ被り!)にかけてロンドンを訪れてて、いつもの綺麗な風景画とは違った雰囲気の絵を残している。漱石曰く、ロンドンの空は「朝から鼠色であるが、しだいしだいに鳶色(とびいろ)に変じて」とのことなので、この色、意外と誇張じゃなさそう。
ロンドンのこのありさまは産業革命以降ずっと続いてて、一番酷かった1952年には、空気が汚すぎて運転ができず、劇場にいても舞台が見えないレベルで、少なくとも1万人以上が呼吸器疾患等で亡くなったとのこと。だから、数ある毒タイプポケモンの中でも呼吸に関わる言葉が名前になっているマタドガスが、こういうイギリスの負の歴史を背負って、ガラルで新しいすがたを見せたんだと思う。(52年の大惨事をきっかけにいろいろな法律などが作られたので、今のロンドンは問題ありません)
あと、ガラルのマタドガスがなぜか緑色でなぜかフェアリータイプになったのは、「レプラコーン」っていうアイルランドの妖精がモチーフになってるんじゃないか疑惑がある。レプラコーンは緑色の服を着た小人のおじさんで、帽子もかぶってるから、確かに若干ガラルマタドガスとリンクしてなくもないかも…。
ちなみにゼルダの伝説っていう私の大好きなゲームに、「チンクル」っていう強烈キャラが出てくるんだけど、知ってる人いるかな?緑の前身タイツ着て「僕のところにはまだ妖精が来ないんだ」って言って親を困らせている35歳のおじさん・チンクル。今思うとこいつ、レプラコーンがうっすらモチーフになってるんだと思う…多分。
〈参考サイト〉余裕で著作権切れてるのでいろいろ載せてたら長くなった
www.scienceandindustrymuseum.org.uk